「現代心理学部」というところに籍を置く先生の本。もともとは仏文学をやっていた人らしい。
良かった。
# 新書: 205ページ # 出版社: 筑摩書房 (2009/02) # ISBN-10: 4480064699 # 発売日: 2009/02 # 商品の寸法: 17.2 x 10.6 x 1 cm
二宮金次郎と、この先生宅の改築を依頼している大工の高橋さんなど、自発的な学問、体に叩き込んだ手技を理想として、教育ではなく学ぶということを説いている。
学問においては手取り足取り教えることは役に立たず、自分で努力しないといけない。 教育できるのは、そうした努力をさせるところ。 大工の師匠が鉋の削り屑を渡して、こういうふうにやれ、という。 あえて言えば幼稚園は例外として、ということだろうな。 とても共感する。
現代的な教育論とか国際性とか流行病のように政治家や「文化人」が唱えるものがとにかく嫌いらしく、かなり極端なことをおっしゃっている。
いま、文部科学省がその製造に躍起となっている「国際人」などというものは、要するに、強国に恐れ入って、きょろきょろするほか何の役にも立たない人間のことである。
私は、それに類する人たちのことをよく知っている。 いろいろな情報は持っていても、身一つに体得した文化も信仰も持っていない。 外国語で覚えたあやふやな知識はたくさん持っていても、本当に信じて愛読する本は、一冊として持っていない。...できるのは、金儲けくらいのものだ。
極端な部分は笑っちゃうけど、中身のなさそうな人が偉そうに日本の教育は...なんていって儲けていることへの嫌悪感など、痛快だし頷ける。
最後の方は、農作を褒めて、狩猟系の動物的生き方でなく農耕系の植物的な生き方をすべきと言い、まずは米をたくさん食べましょう、となるんだけど。 そう書く端から、「肉の好きな私」といってるあたりが、また笑わしてくれる。
マンションの偽装設計事件を取り上げて、
手技を書いた仕事を生業にしている人間の観念的道徳は、吹けば飛ぶように軽い。
といわれて、なるほどと思い、我が身の危険を感じる。
解決策は、あとがきにある、
学問をし、ものを考える人にとって、鉋は何で、木は何になるのだろう。
ということを考えていくことなんだろう。

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